ホンダの創設者の話

朝礼や終礼にも使えるいい話シリーズ

長いので、朝礼ですると、嫌がる社員も多いので気を付けてください笑

 

ホンダの創設者の話

本田宗一郎さんの目的

本田宗一郎さんの目的は、

それを使う人の為に、バイクや車を作っているんです。

ここが大事なんです。

「乗る人のために」

そんなのあたりまえじゃないかと思うじゃないですか。

でも、会社としての利益を優先するあまり、

これがなかなか出来ない会社が多いんです。

大切なことを忘れてしまう会社も多いんです。

本田宗一郎さんの目的とはなんだったのか。

本田技研のエピソードを紹介します。

(本田技研のホームページより)

『製品に対しては、あくまでも親切であれ』

最初の製品から、それは実行されていた。

「お客さんに迷惑をかけるようなものをつくるな!」

は、ここへ勤めた時から、イヤというほど、おやじさんから始終聞かされていました。

モノをつくる時には、それと一番長いこと付き合わなきゃならない人のことを考えろと。

一番長いのは、お客さんだろ。

その次は売った店の修理工だろ。

その次が、ウチの工場の人間だ。

つくった本人のくせに、一番短いのは設計者だ。

ずっと使う人の身になって考えたら、不親切なモノなぞ設計できねえはずだ!

と、おやじさんならではの言い方でね

と、河島はじめ、当時のだれもが口をそろえる。

エントツエンジン再生の時、

姉妹エンジンであるA型を詳しく観察した恩田は言う。

びっくりしちゃいましたよ。いろんなところに、

いわゆる親切設計がしてあるんです。

それに気付いたのは分解した時で、

あれ?このエンジン、ナット外しても、どこからも部品が落っこちないぞ、

おかしいなぁ?って。

例えば、クランクシャフトや減速機のベアリング部ロックナット、

つまり、回転体を締め付けるネジなんですが、

これがもし緩んでも、すぐにはトラブルを起こさない構造にしてある。

ネジが完全に脱落しないか、

脱落してもすぐには壊れないような工夫がしてある。

具合がおかしいぞ、と気が付く間ぐらいは保つようになってるんです。

安全性への気づかいですね。

あのころはネジの精度が低い時代で、

ナットなんかいくら締めたって緩むものと決まってた。

だから、こんな工夫をしたんでしょうね。

メンテナンス性にも、同じように細かな心づかいがしてあった。

今みたいに専用特殊工具が用意されてないから、

修理する人が困らないように、

特殊工具なしで分解・組立ができる工夫がされてる。

これも結果的には、お客さんへの親切です。

(ここまで)

ここまで使う人のためを考えて作られていたんです。

こんな話もあります。

4億の機械を購入

当時、資本金が600万の時に、

なんと4億円もする機械をアメリカから購入したんです。

資本金が600万の時にですよ。

当然、社員は大反対です。

会社が傾くほどの金額ですから。

それでも本田宗一郎は購入したんです。

その理由がすごいんです。

「この機械は日本に必要だ。将来、日本が発展するために。

会社はつぶれるかもしれないが、機械そのものは日本に残る。

それは必ず日本の産業界に絶対に必要だ」

と言って購入したんです。

目的が日本のためなんです。

スケールが違います。

ところが、その機械を社員が壊してしまいます。

壊した社員は、宗一郎さんの思いを知っていますから

大変なことをしてしまったと思うんですね。

怖くなって逃げ出したかったけど、言わないわけにいかないから、

宗一郎さんのところに言いに言ったんです。

「社長、すいません。機械、壊してしまいました」

ってビクビクしながら言ったんですって。

そしたら、「ケガはないか」って宗一郎さんが言うんですって。

「社長、4億の機械を壊したんです」

「うん。ケガはないか」

「いや、社長、4億の機械を壊したんです」

「うん。だからケガはないか」

社員は社長に事実が伝わっていないと思って、

そのやり取りを繰り返したそうです。

すると本田さんは、

「機械が壊れたのは分った。それで、お前に怪我はないのか」と。

社員がケガはないというとそれは良かったと嬉しい顔をしたそうです。

本田宗一郎という人は凄く厳しい人だったけど

人が集まってきたのは、こういう人柄だったからでしょうね。

青山本社ビルの建設の話

世界企業になったホンダだから、本社も全面がガラス張りの

凄い高いビルの設計図を宗一郎さんに持って行った時に、

凄い怒られたらしいんです。

もし地震が起こったら、ビルの下を歩いている人が

どうなると思っているんだと。

そこまで考える人だったんです。

もし地震になって下敷きになることがあっても

周りのビルも全部倒壊しているんだから

ホンダに文句を言ってくる人なんていませんよ。

それで、いまでも青山に本社ビルがありますが、

これがそうなんです。

(そこには、最小限に窓ガラスがあり、地震があってもガラスが
落ちないように会社なのにベランダが設置されたビルでした)

ベランダを作ったらもの凄いコストが掛かるんです。

さらに、角が丸いでしょ。

交差点に高いビルが立っていたら、ただでさえ見通しが悪いのに、

さらに悪くなるという理由で角を丸くして、

敷地内いっぱいに建物を建てるのではなく、

奥に引っ込めてビルを建てたんです。

これ、もの凄くもったいない建て方なんですって。

宗一郎さんって、そういう人だったんです。

やがてアメリカに進出

アメリカでホンダのバイクが安くて良品だというので市場で人気が出ました。

その当時、アメリカでバイクのシンボルだったハーレーが

倒産の危機におちいったそうなんです。

その話を部下から聞いた宗一郎さんは、なんと言ったと思います?

ハーレーはアメリカ人の魂だから絶対につぶすな

と言ったんですって。

そして、水面下でホンダはハーレーに技術提供をしていたそうなんです。

そして、ハーレーは蘇ったらしいんです。

これ、凄いことですよね。

本田宗一郎さんが親に教えてもらった一番大切な言葉とは、

「人に迷惑をかけることだけはするな」

だったんです。

これが親からの最大の贈り物と言っています。

俺が死んでも葬式はするな

 

そんな人でしたから、生前に俺が死んでも葬式はするなと。

近隣の人たちに迷惑がかかるから、葬式はしなくていい。

その代わり、世界中の新聞に

「ありがとうございました」

と出してほしいと言っていたそうです。

その原文がこれです。

【皆様のおかげで 幸せな人生でした どうもありがとう 本田 宗一郎】

新聞を見てみると故人の意志で、葬式・お通夜・弔電・献花一切なしという

前代未聞の対応が書かれていました。

自動車を作っている者が大袈裟な葬式を出して交通渋滞を起こすような

愚は避けたい。もうすぐお迎えが来るが、何もするな

生前、こう言っていた宗一郎さんの言葉を忠実に守った「通夜」は

むしろ清々しいほどだったらしいです。

「お礼の会」として3日間ずっと宗一郎さんの遺影と今までのホンダの歴史を

飾った初期のオートバイと自動車が展示されていたそうです。

でも、渋滞はあったようです。

それもそのはず、3日間で延べ6万2000人の人が訪れたそうです。

世界中から。

社長引退から20年以上の月日が経過していたのにです。

人の為にバイクや車を作って、世界中の人に感謝され、

そして自分も、心から周りの人に感謝しながら亡くなっていった。

こんな幸せな人、いないじゃないですか。

信頼や感謝はお金では買えません。

この人のためならという人がたくさんいたから

ホンダは世界的企業になった。

すごい感謝されているんですよ。

人として、ものすごくカッコイイ人生の最後じゃないですか。

世界中から人が本田宗一郎のために集まってきたそうです

 

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